数年前、フィリピンに住む10代の少女が野良犬に噛まれ、1ヶ月そのままにしていたら奇妙な行動をとるようになった。彼女は紛れもなく狂犬病にかかっていた。
家族は、犬に噛まれた直後に娘の狂犬病予防注射を受けることを知らなかった。もし予防接種を受けていれば、娘は元気だっただろうが、症状が出た時にはすでに手遅れだった。
少女は暴れたり、誰かを噛んだり首を締めたりするおそれがあったので病院ではベッドに縛りつけて固定され、ただ死を待つしかなかった。狂犬病の場合、噛まれてすぐに治療を受けなければほぼ100%の致死率で、世界で最も致命的な病気と言われている。
世界では毎年、約6万世帯が狂犬病で親族を亡くしている。世界保健機関(WHO)によれば、狂犬病は報告されていないケースが多いため、この数字は「過小評価」である可能性があるという。
記録されている症例の95%はアジアかアフリカで発生している。最も重い負担を強いられているのは農村部の貧困層であり、そこでは野良犬が徘徊し、ワクチンが容易に手に入らなかったり高額であったりする。
しかし今、新しいプログラムが希望をもたらしている。今年7月から、50以上の低所得国がGavi(ワクチン同盟)に申請し、ワクチンと冷蔵設備などの関連物資の購入資金を援助してもらえるようになる。これは、2030年までに犬による狂犬病死亡をなくすことを目的とした計画、「Zero by 30」キャンペーンに沿ったものである。
しかし、人へのワクチン提供だけでは狂犬病はなくならない。狂犬病の発生源に対処する必要があるとプログラム責任者であるテレンス・スコット氏は言う。つまり、犬へのワクチン接種を徹底することだ。
北米と南米は過去40年間で、犬へのワクチン投与によって狂犬病を制御できることを証明してきた。この地域では、人間の狂犬病患者数を95%以上減少させた。2023年1月から2024年5月初旬までの間に、両大陸で犬が原因で発症した狂犬病はわずか9件であった。
アメリカ大陸でうまくいったことがザンビアでもうまくいくかもしれないと考えたケネス・チャウィンガもその一人だ。2018年にザンビア中部のカブウェ地区で地区獣医官をしていた彼は、犬の集団予防接種を試みたが、そこには地域独特の課題があった。犬が狩猟によく使われるその地域では、「ワクチンを打てば、犬は弱くなる。強いハンターにはなれない」という俗説が流布していたのだ。
ケネスは地元企業にワクチン代金を援助してくれるよう説得し、地元のラジオ局や伝統的な指導者たちを通じて、地域社会にワクチン接種の重要性を呼びかけた。
その努力の甲斐あって俗説は薄れ、ペットの飼い主たちは予防接種のイベントに集まった。街で放し飼いにされている犬にも予防注射を接種し、彼の推定ではその地区の犬の70%以上にワクチンが行き渡ったという。
「この1年間、人間に狂犬病が発症した例はありません。犬へのワクチン接種は最も安価な方法であるだけでなく、最も効果的な方法なのです」と、現在ザンビアの獣医局で働くチャウィンガは誇らしげに語っている。
各地域で事情や課題は異なるが、政府や自治体、民間企業が手を取り合って犬へのワクチン接種を進めていくことができれば、世界の狂犬病は確実に根絶へと近づいていくだろう。