2015年、ジョイ・ミルン(Joy Milne)さんというスコットランド人女性の驚くべき能力が世界中でニュースとなった。旦那さんの匂いが変わったことに気づき、数年後に旦那さんはパーキンソン病を発症した。彼女はパーキンソン病を患っている人を匂いで嗅ぎ分けることができるのだ。その後、ミルンさんは研究機関に協力し、パーキンソン病特有の匂いに部分的に寄与している化学化合物を特定することに成功した。
嗅覚が優れている動物といえば犬だろう。もし超嗅覚を持つ人間がこのような兆候を察知できるのであれば、犬も訓練すればできるようになるはずだ。実際に、ガンやコロナウイルス、神経変性疾患といった病気を嗅ぎ分けられる犬は存在しているため、パーキンソン病やアルツハイマー病にも応用できると科学者たちは信じている。
ミルンの嗅覚能力について知ったドッグトレーナーのグループは、非営利のドッグトレーニング・プログラム、「パーキンソン警報犬(PADs)」を結成。2015年以来、少なくとも90%の精度でパーキンソン病を検出することを目指し、25匹以上の犬を訓練してきた。
PADsでは、さまざまな犬種がパーキンソン病を嗅ぎ分ける訓練を受けている。訓練士は犬に対し、パーキンソン病の人が着たTシャツを嗅いだ後に訓練士に警告するように教える。当然患者ではない人のシャツには反応してはいけない。
「どんな犬でもできることです」と、訓練士のホルトさんは匂いで病気を発見することについて語る。「匂いを嗅ぐ仕事」と呼ぶものは犬種に特有なものではなく、むしろ「気質」のようなものです。犬が成長するためには、本質的に高い労働倫理が必要なのだと彼女は言う。
PADsは訓練と実験を繰り返すなかで、重要な新しい発見をしている。彼らは訓練で使ったTシャツをいくつかの研究所に送り、犬が実際に何を嗅いでいるのかを正確に把握しようと努めている。パーキンソン病のTシャツとそうでないTシャツの両方から皮脂(皮膚から自然に分泌される油分)を抽出し、分析する。さらに、一部のシャツは長期低温保存され、犬やトレーナーはこれらの臭いが時間の経過とともにどのように消えていくかを調べている。
これらの実験から、PADsは尿中の別のバイオマーカーの検査に焦点を当て、犬が綿のTシャツから嗅ぎ取っている匂いは、このバイオマーカーに関連している可能性があるという仮説を立てている。このバイオマーカーは、神経変性疾患の人々の脳で発生する、細胞膜損傷の一種である過酸化脂質の副産物である。
ガンやCOVID-19と同様に、アルツハイマー病も代謝の変化を引き起こす。犬の鋭い嗅覚を理解することは、アルツハイマー病だけでなく他の病気の早期診断に役立つ。そして それほど遠くない将来には、「電子鼻 」が開発されることになるだろう。犬たちが私たち人間にもたらしてくれる健康効果は計り知れない。